日本の競馬界の発展に貢献した人物たち-吉田善哉・和田共弘
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日本の競馬界の発展に貢献した人物のおかげで近代の競馬界があるのです。

日本の競馬界を発展させた偉大な人物たち

現在日本の競馬が大きな人気を誇っているのは、吉田善哉・和田共弘など競馬界の黎明期や発展期において貢献した人物が存在したからです。

競馬界の発展に貢献した人物

競馬場の前の桜

日本の競馬界は今でこそレベルが高く多くの人気を集めていますが、その黎明期や発展期において近代のような競馬界の発展に大きく貢献した人物が様々存在します。

まず昭和の時代に競馬界の発展に大きく貢献した人物として挙げられるのは、国内最大の生産グループである社台グループを率いた吉田善哉(よしだぜんや)です。
吉田善哉は1924年生まれで実父である畜産家の吉田善助は国内で初となるホルスタイン種の乳牛を導入した事でも広く知られており、農場ではサラブレッドの生産も行なわれていました。
吉田善哉はこうした恵まれた環境の中で育ち、やがて8頭の繁殖牝馬を持ち社台ファームとして独立します。

独立後はアメリカで当時としては先進的な生産方法や育成方法などを国内に持ち帰り導入し、日本では初となる共同馬主クラブを設立するなど活動を展開します。
さらには海外から馬を積極的に取り入れて長年に渡り中央競馬におけるリーディングサイアーになり、これまでの日本競馬の血統を大きく塗り替えたのです。
現在では吉田善哉の死去によりフォームは三人の息子に受け継がれ、社台ファーム・ノーザンファーム・追分ファーム・社台コーポレーションなどのグループ構成となり、世界最大の競走馬を生産育成グループとして活躍しています。

また同時期に競馬界の発展に大きく貢献した人物として和田共弘(わだともひろ)の存在も欠かすことはできません。
和田共弘は1922年生まれで吉田善哉とは年齢も近く、長年に渡りライバル関係を維持してきました。

和田共弘もまた父親の牧場を受け継いだのですが、ヨーロッパの馬の生産方法について早くから導入しおり、ヨーロッパ方面に遠征を繰り返すなど欧州の競馬を大きく意識してきました。
吉田善哉の社台ファームと比較すると和田共弘のシンボリ牧場は規模としてかなり小さいのですが、数々の傑作馬を送り出すと共に日本競馬史上で最強馬ともうたわれるシンボリルドルフを生み出したことでも広く知られています。